【 厚生労働大臣賞 】

恐れることは何もない
埼玉県  山極 尊子 40歳

「見る目が変わりました」


ある時、一人のママ友にそう言われた。幼稚園の送り迎えの時、たまたま韓国で仕事をしていた時の上司から電話が来て、少し韓国語を話しただけなのだ。


「すごいですね!」彼女はひとしきり感動すると、私のことを色々訊いてきた。彼女と付き合って一年。今までにない食いつかれ具合である。


人は、ドラマティックではない私の人生に大して興味がない。40年も生きて来たのに、今周りから見える私は「主婦、3児の母、以上」なのだ。


私は子供を産む前は、韓国で会社員をしていた。大学で学んだ韓国語を活かし、渡韓。韓国で大学院を2つ修了、そのうちの一つは外国人で初めて論文優秀賞を受賞した。その後、大手企業のグローバル部署に所属し、それなりにいい給料をもらい、長い夏休みには世界を巡った。すこぶる順調だった。しかし私のキャリアに陰りが見え始めたのは35歳の頃、同僚たちから「結婚しないの?」「子供がいないと半人前だよ」と冗談めかして言われるようになったのだ。私は「結婚し、子供を産んだら人はどうしてそんなに偉そうになれるのだろう」と不思議に思った。そして素直に子供を育ててみたいと思った。こうして妊娠を機に私はすべてのキャリアを捨て、日本へ嫁ぐことになったのだ。


子供が1人でき、子供が出来たら自分の時間がなくなった。そのうち子供が3人になり、さらに時間がなくなった。あの時の輝いていた私はどこへやら、今や白髪がちらほら、服は子供のよだれがつき、帝王切開の傷が痛いので未だににゴムのズボンを履いている。当初はこんな自分が嫌でたまらなかった。なんのためにキャリアを積んで来たのかと落ち込んだ。しかしある時、私は、どんなに環境や見た目が変わっても、私が得た知識や経験は決して消えないということに気づいた。私は今も自分なりの子育てを模索中だが、異文化の友人と出会った経験から、子供たちの意見をすぐに否定せず多角的側面から考える努力ができるようになったし、大学院で一生懸命に勉強したからこそ、勉強の仕方も子供たちと工夫しながらできているような気がしている。そして何よりもこれまでの経験から私は人に先入観を持たなくなった。隠れてすごい人は世の中には沢山いるのだ。


また私自身キャリアが中断したので、どんな人でも、その人達の背景にはその人なりの色濃い自分史があることを知っている。そして主婦は私が思っているより百倍大変で、世の中には経験して分かることが沢山あるということも気づかされた。今はこのような考えで人と接しているため、おかげさまで仕事をしていないのに色々な情報が入ってくるようにもなった。


21世紀の働く若者に私が贈るエールは「キャリアが中断しても恐れるな」と言うことである。特に現代の日本では女性は子育てでキャリアが中断しやすい。しかし、今までの人生は必ず自分に反映されるし、子供たちにも反映される。だから皆さんは、未来を恐れることなく今の仕事を楽しみ、どんどん必要な知識をつけてほしいと思っている。例え一時的に仕事を辞めたとしても大丈夫。また例え自分のことを人が現状で判断しようとも、自分さえ自分の人生に興味を持っていれば大丈夫。


経験がおのずと道を開いてくれると声を大にして伝えたいのだ。


21世紀を働く若者の皆さん!人が見る自分の世界より、自分が築いてきた世界が真実です。


私は今、過去のキャリアに今の生き方を反映させ、さらに周囲からの助言をもあり、放送大学で心理学を学んでいます。働いてはいませんが、今が一番ドラマティックです。


子育てが少し落ち着いた5年後には、久しぶりに社会に進出する予定ですが、その時はさらにキャリアアップしている予定です。


5年後、私は45歳。人生後半戦、自分のすべての経験を総動員して、誰かのためになる仕事をしている自分の未来が楽しみです。皆さんもどうかキャリアを長く見据えて働くことを楽しんでください。

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