【一般社団法人 日本勤労青少年団体協議会 会長賞】

涙の向こうに
神奈川県  藤間聖友
 つらい。ひらがな三文字のみ。娘からのメール。何があったのかしら問い合わせたが返事は無し。翌日から、苦しい、悲しいなど短い言葉が続いた。仕事が大変なのは当然。自分自身の新人時代を思い返し、暫く様子をみることにした。二週間後、学校辞めたい。娘は私立高校英語教師二年目。受験生の担任になったと張り切っていたはず……。心配になり電話で様子を聞くと、学校の事は機密事項だから話せないの一点張り。声が弱々しい。叱咤激励したものの、心と身体が悲鳴をあげているのを感じた。私の出番。会いに行こう。娘の好物を鞄に詰め電車に飛び乗った。最寄りの駅で待った。私の顔を見た途端、娘は黙って大粒の涙を一つ流した。そして乱暴にそれを拭った。こんな姿を生徒に見られたら大変とでもいうように。お化粧ははげ落ち、やつれている娘の後ろを小走りでついて行った。
 娘が玄関を開けた。声が出ない。そこには山積みの新聞、洗濯物の山、英語の本や資料の海、足の踏み場も無い。娘の心は壊れてしまったのだろうか。カオス状態の部屋は無言で私に訴えた。
 「独りで抱え込むから苦しいのよ。誰にも言わない。話してごらんなさい。」
 大きな溜息をつくと、言葉を選びながらボソボソ語り出した。仕事は自宅に持ち帰り禁止なので学校に長時間勤務。部活動の顧問や研修があり毎日最終バスで帰宅。疲れてしまい買い物や食事を摂る時間も気力も無いと言う。不登校の生徒がいる事。毎朝、登校するよう電話している。ご家族は半ば諦めている。勉強したくても健康や経済的問題で、学校に行く事が出来ない子供が世界中沢山いるのに、彼女が心配で仕方がないが担任の自分は何がしてあげられるのだろうか……。悲しみ、不条理や怒り。思いを吐き出す事で考えが整理されていくのか、何かを思い出したのか、急に目が輝き出した。
 娘は中学入学式の翌日からいじめに遭った。クラス委員に立候補した女子生徒は、娘を無視するように命令。次のいじめの標的になる事を恐れた女子達は娘を避けた。教室の不穏な空気を察知した担任が首謀者を呼び理由を聞いた。新しい友達や親に注目されたい。自分の小学校時代を知っているので邪魔だったと悪びれる様子でもなく言い放ったそうだ。それを知った娘は、可哀想な人だね、と評し、一日も学校を休まなかった。担任の先生が、
 「色々な人がいる。様々な事が起こる。今はつらいが、俺がお前を守る!。」
 十二歳の心は大層傷ついたはずだ。それでも先生や男子の助けがあり、自分の力で困難を切り抜けた。同時に自分を守ってくれた恩師と同じ、英語の教師になるという将来の目標を得た。自分を信じてくれる大人が存在するという安心感、幸福感、もがいている生徒と過去の自分が重なったのか
 「自分がして頂いたように、生徒達に愛情を注ぐ、後悔しない出来る限りの仕事をする。」
 苦い経験から繋がっている教師への道。目標達成から成長への過程。今、娘は生徒から大切なことを学んでいる。プリンを食べ終える頃には会心の笑み。もう大丈夫。
 三月。“今迄こんなにお節介を焼いてくれる先生はいませんでした。有難うございました。大好きです”卒業式に渡された手紙だという。想いは伝わる。頑張ったね新人先生、卒業おめでとう!
 コロナの影響で教育現場は益々変化を求められる事だろう。負担増加で鬱になる教員を防ぎたい。その為にも学校に任せきりにせず大学生やシニアの力を活用し、先生や生徒を勉学や心の多方面から援助できるシステムを構築できないだろうか。オンラインでは見えない気持ちの変化に敏感でありたい。働く人が心身共に健全である成熟した社会である事を願うばかりである。
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