【 奨 励 賞 】

【テーマ:現場からのチャレンジと提言】
夢を叶えた後の夢
岐阜県  田 中 一 慶  33歳

小学校5年生の時から追い続けた夢を叶えた私は、憧れの教壇に立った。毎日、充実した教員生活を送っていた。

仕事にも慣れ始めた5年目の年。職員会議の席上で、ふと私の頭によぎったことがあった。「会議ではいつも、登校を渋る児童の様子や不登校児童・家庭の様子を教員同士で情報共有するが、もっと懐に入っていかないと根本的な解決にはつながっていかないのではないか」と。その思いは日が経つにつれ強くなり、新たな使命感を抱くようになった。それは、「不登校・引きこもりの子どもたちに寄り添い、一歩を踏み出すお手伝いをしたい」ということ。教員生活を送りながら見つけた、新たな夢だった。

8年間勤めた教員を思い切って退職し、親の仕事を手伝いながら「若者支援」を始めた。今、2年が経った。

親戚や友人、地域の方に「若者支援」の説明をして、身近な人への活動紹介をお願いした。すると、「一人の青年をたすけてほしい」という依頼がきた。17歳の男の子。彼は、高校入試に失敗。学校生活やアルバイトを通して、人間関係に疲れ果てていた。不登校、退学、そして通信制高校に編入。そのまま、ひきこもってしまい、昼夜逆転の生活をしていた。電話をしても、ラインを送っても反応はなく、家を尋ねても会うことはできなかった。片道一時間の道のりを週に何度も足を運んだ。毎回、彼の母親と話をするか、近所に住む彼の祖母と話をして帰ってくる、そんなことの連続だった。

何度も足を運ぶうちに、私は二つの発見をした。一つ目は、ラインのプロフィール画像。全く既読にならない彼とのラインを何度も何度も開いているうちに見つけたものだった。それは、男の子のイラストの横に「あの空のように何だか寂しいよぉー」という文字が付けられた画像だった。紛れもなく、彼の SOS のサインだと思った。二つ目は、玄関に飾られた写真。幼児の時の写真、小学生の時の写真、中学生の時の写真、母親と仲良く映っている写真が何枚も飾られていた。でも、そこには無かった。同居している父親と一緒に映る家族写真が無かった。今を生きる「高校生の彼」「現在の彼」の写真も無かった。引きこもりは、夫婦の問題かもしれない。親子の問題かもしれない。私はそう思うようになった。彼は一体、何を考えているのだろう。車を運転しながらそんなことをよく考えていた。

後日、彼の祖母の家で、彼に会うチャンスができた。「大検を受けたい」と言ったので問題集を買ってきて一緒に勉強した。心が不安定だと、発する言葉も定まらない。次に会った時は、「服飾関係の仕事に就きたい。」と言い出した。彼の希望は、衣服の専門学校への進学。外には出たがらないので、私が代わりに専門学校の校長先生に会いに行き、説明を受けてきた。

今、彼は外に出られるようになった。飲食店のアルバイトも始めた。私は時々、彼にラインを送る。すぐには既読にならない。それでも、生きて、働き、人の役に立っているという今の彼のことを、彼の家族が教えてくれる。再スタートを切った彼の姿を見たり聞いたりすると、既読スルーされても腹は立たない。彼や彼の家族に見返りも求めない。「困ったことがあれば、いつでも頼っておいで。」そんなスタンスで今後も彼と接していく。


私にとって働くとは「周りの人の心に灯りをともす」ことであり、「自分の得意なこと、好きなことを人助けに活かす」ことである。これからも根気強く、若者の心に灯りをともすチャレンジをしていきたい。

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