【佳作】

【テーマ:仕事を通じて、こんな夢をかなえたい】
私の星
宮崎県 星 野 有加里 42歳

昨春、夫の転勤で遠隔地へ転居した。私は悩んだ末、長年取り組んできた書の道を中断し、一念発起、 新天地にて高校講師として勤め始めた。だが、着任先は予想外にも単位制高校。しかも初年からクラス 担任を任された。

単位制を選ぶ生徒達は、普通高を退学(ドロップアウト)した転学組が大半で、心や対人関係に根深い問題を抱えてい る生徒が多かった。他者、特に教師を始めとする大人や、社会全体に強い猜疑心を抱き、昏(くら)い挫折感を 潜ませている。十代なのに早くも諦念を漂わせ、死んだ魚のような目をした生徒を前に苦悩した。一体、 どう接していけば、心を開いてくれるのだろうと。

そんなある日、小学校時代の恩師が、美術館で絵画展を開催していると聞いた。S先生は当時から教 員の傍ら、画家としても活躍していた。

傘寿を過ぎた先生が未だ現役で活躍されている事に吃驚し、美 術館へ駆けつけた。

鑑賞中、運良く先生に会う事ができ、私の事も覚えていて下さった。快活な話ぶりも敏捷な動きも昔 のままで、先生の精力的な創作意欲に感服し、活力を分けて貰えた気がした。

多種多彩な資材を用いた、星を連想させる斬新なオブジェの前で先生は誇らしく笑った。

「実はこれ、捨てられてた廃材をかき集めて創ったんだ。ほーら、見事に生まれ変わっただろ?もうゴ ミじゃない。立派な芸術品(アート)だよ」

「これが廃材?信じられない!こんな綺麗な星なのに。...お前たち、先生に出逢えて命拾いしたね」 興奮の余り、つい奇跡の不死鳥に話しかけてしまった。瀕死の廃材を救い出し、命を吹き込み、芸術と して再び蘇らせた先生。まさに神の手だ。零(ゼロ)から新たに創り上げるだけが芸術ではない。世に見捨てら れ、不要品(マイナス)の烙印を押されたモノたち。それらに再び意義と価値を与え、甦らせる再生力を持った人こそ、真の芸術家と呼べるのだ。そう、思った。

最後の展示作品まで来ると、箒星を彷彿とさせる神秘的で抽象的な絵に魅了されてしまった。先生は 感慨深い眼差しを向けて語った。

「これは宮沢賢治の『よだかの星』をイメージして描いたんだ。これを描く時、僕はこんなことを思っ たんだ。空には沢山の星があるけど、一体、『僕の星』ってどんな星だろう?僕の描きたい星はどんな星 だろうって。きっと、誰もが自分だけの星を持っているからね」

藍色の夜空に虹の如く何色も織り交ぜた長い光の尾を放つ箒星。星の尾が描く軌跡は先生の人生そのもの。幾重にも何十色も重ねられたグラデーションに、先生が積み重ねてきた人生が写し出される。滾(たぎ)る情熱を湛(たた)え、燃え尽きることのない星のように輝く先生の瞳と、描かれた星が重なり、衝動的に自問した。

...私は一体、どんな星になりたいの?どんな風に輝く星になりたいの?『私の星』は... 私の空で、一際(ひときわ)明るい星が瞬き始めた。

...見つけた、私の星。

私も先生のようになりたい。死んだ魚のような目をした生徒に再び希望を与え、新たな息吹を吹き込 み、再び笑顔に満ちた青春を送らせてあげたい。できれば、書の力で。電子文字時代の現代っ子に、一 筆入魂の肉筆のメッセージを書き送り、私にできる精一杯のアプローチで彼らに真摯に向かい合ってい こう。

廃材を集めて造った先生の作品。私も、同じだ。バラバラだったガラクタたちが先生の手によって再 び命を吹き返し、一つの芸術作品として見事に蘇ったように、私も先生と再会し、萎れかけた希望や情 熱が芽吹き始めた。

今はまだ私はちっぽけな星だけど、努力し続ければ、いつかは歴史を刻む巨大な恒星になれるかもしれない。もしかしたら、私はまだ誕生すらしていない未知の星なのかも。何しろ82才のS先生だって、現 役バリバリの長寿の時代だ。未来はまだまだ分からない。

帰り際、先生が描いた竹の絵葉書を買った。

竹は剛もせず柔もせず、草でも木でもない。

古来、竹の多面性は尊ばれてきた。先生のように、しなやかに多彩な魅力を持つ教師になりたい。そ んな私の星を目指し、只今邁進中!

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