【 入選 】

【テーマ:仕事をしたり、仕事を探したりして気づいたこと】
捨てる覚悟
愛知県 菱 川 町 子 74歳

自分にあった仕事をしたいと若者が言う。だが、自分に合った仕事を見つけられた人は、この世の中 に一体何人いるだろうか。

私は34年間教職に就いていた。教師が自分に合っていたかどうかと問われれば、あっていなかったと 答えるだろう。34年間務めて合っていなかったことがわかったのではなく、そもそも教師になる前から あっていないのではないかと悩んでいた。それなのにどうして教師なったのかと言えば、ピアノが好き で、そのピアノを生かせる仕事が教師しかなかったからである。

教師の仕事でピアノが生かせるというのは、ほんの一部分である。小学校のころ性格検査があった。

その検査で私は「超内向性」という結果だった。こんな性格では合う仕事を見つけるのは非常に難しい。

はたして教師になったばかりの最初の授業で声を張り上げ、懸命に授業をしたのに、 「先生、声が小さくて、何を言っているのかわかりません」 と言われてしまって困惑した。新任でも担任を持たなければならない。超内向性でも指導力を発揮して、 クラスをまとめていかなければならない。一学期にはクラスをまとめるために学級対抗のソフトボール 大会があった。担任としては、団結の機運を盛り上げなくてはいけない。頑張れと声をかけるつもりで 生徒が練習している所へ行くと、生徒は貧相な体格の女教師でも喜んでくれた。先生もやってというリ クエストに応えて、バッターボックスに立つ。ピッチャーが投げた球をめがけ思いきりバットを振ると、 バランスを崩しスッテンコロリン。無様な姿をさらし恥ずかしくて穴があったら入りたかったが、生徒 は喜んでくれた。喧嘩の仲裁をしたり、服装検査をしたり、掃除指導をしたり、家庭訪問をしたりと教 師の仕事は多岐に渡る。ピアノを弾いていれば仕事ができるなんてとんでもない。

新任時代は何も分からないから、逆に怖い物知らずで放送局主催の合唱コンクールに挑戦した。審査員に、

「つまらない顔して歌っているね」

と言われたが何のことかよくわからなかった。結果は最下位の参加賞。みじめだった。大学では合唱や歌 の勉強はしたが、児童発声や合唱の指導、指揮などはほんの数時間で自信を持って自分が指導できるほ どの技術は身に付けてこなかった。悔しくて他のコンクールを見学したり、CDを買って聞いたりして 勉強した。それで分かったことはいかに自分が合唱について無知だという事だった。大学で学んだ事は スタートラインに着いたという事に過ぎない。これからが本当の勉強なのだ。だから私は仕事について からの勉強の方が、大学の勉強より面白かった。合唱の指導者を 学校に招いて、直接児童に指導して もらう機会があった。優れた指導者がほんの一言アドバイスをするだけで子供の声がみるみる変わって いく。まるで魔法を見ているようだった。よし、わかったとその通りにやってみるが、なぜか変化なし。

こんな失敗を何度も経験して行くうちに指導とは、技術だけではなく自分の人間力そのものが試されて いるのだと、気づいた。生きていくためには絶えず学んでいかなければならない。学生という守られた 温室のような環境から、自分を変えていかなければならない。光のない地底で一生生きる生き物、深海 で生き抜く生き物たちは周りの環境に適応して自らの体を進化させてきた。そのために目を捨てたもの、 足や翼を捨て、生きるために進化してきた。仕事をするということは今持っている大切な物、趣味、友、 などを捨てる勇気と、自分を進化させる覚悟が求められている。今の自分のままで、自分に合った所な どという甘い考えでは、仕事を全うすることはできない。

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