【厚生労働大臣賞】

【テーマ:仕事を通じて、こんな夢をかなえたい】
イクメンからイクボスへ
北海道  今田凱也  44歳

息子の誕生の瞬間に立ち会った。顔を歪めて痛みに耐える妻。夫の私に出来ることと言えば、手を握り、励まし、あとはオロオロするばかり。女性は命を賭して出産に挑む。壮絶な戦いの末の、小さな生命の誕生。想像を超えた感動に突き動かされた私は、何があっても家族を守るという決意を抱いた。

そして悩んだ末、私がチャレンジしたのは、育児休業の取得だった。男は出産はできないが、育児はできる。頑張って産んでくれた妻と、頑張って産まれてきてくれた息子に対する、せめてもの恩返しのつもりであった。

しかし、男性の育児休業取得の前例はなく、上司や同僚からは批判の声が上がった。「男が育休取って何するの?」「帰ってきても机はないよ」「もう出世できないね」辛辣な言葉を笑顔で受け流し、頭を下げた。

育児休業は法律で認められた権利であると言えども、やはり周囲の協力は不可欠。できる限り周囲に迷惑がかからないような時期を選び、丁寧に引き継ぎを行い、感謝の気持ちを持って、約3か月間の育児休業を取得した。

おむつ替え、お風呂、寝かしつけ。育児って大変そうなイメージしかなかったが、大変さを遥かに上回る幸せの前には、微々たるものでしかなかった。育児がこんなにも幸せなものだとは、経験するまで気が付かなかった。私はこの育児休業で、完全にパパスイッチが入った。男性が育児休業を取得する意義は、ここにあるのだと思う。

育児休業からの復帰後、人事異動で、思わぬ辞令を受けた。左遷だった。しかも、保育園への送り迎えが困難になるような勤務先であった。

管理職の人たちは、育児休業を取得した私のことを、快く思っていなかったのだろう。しかし、負けるわけにはいかなかった。何があっても家族を守ると決めたのだ。異動を受け入れ、精一杯やっていくことにした。

育児と仕事の両立のため、残業の免除申請をした。保育園にお迎えに間に合うよう、時差出勤を利用した。子供が熱を出したときは、看護休暇を取得した。

しかし、両立は思った以上に厳しかった。仕事も育児も、とにかく時間が足りず、思うようにはいかなかった。そこに追い打ちをかけるように、上司からパワハラを受けた。挫けそうになった。私の選んだ道は間違っていたのだろうか。男が育児をするなんて、馬鹿げたことだったのだろうか。もうイクメンなんてやめようか。

そんなとき、味方になってくれた人たちがいた。職場の同僚の、子を持つ女性たちだった。彼女らもまた、仕事と育児の両立に悩み、自分の夫にもっと育児をしてほしいと願ってきたそうだ。育児に積極的な私のことを、密かに応援してくれていたと言う。

上司に抗議してくれた彼女たちのおかげで、パワハラはなくなり、徐々に味方は増えていった。「仕事も家庭もどっちも大事」そんな空気が徐々に広がっていった。後輩の男性社員が、私に続けとばりに、育児休業を取得したときは嬉しかった。

そんなある日、職場の若い女子社員から、こんなことを言われた。「私、今田さんみたいなお父さんが欲しかったです」

家族を愛し、育児を楽しみ、仕事との両立を頑張る私の姿を見て、そう思ったそうだ。

思わず涙が溢れそうになるのを堪えた。

イクメンと言うと、育児を楽しんでいるイメージがあるかもしれない。しかし現実には、社会の風当たりは強く、心ない言葉を投げかけられ、心は傷だらけだったりもする。それでも家族の前では、決して涙を見せない。笑顔でいたいから。笑っている父親でいたいからだ。

私はもっと育児に寛容な社会を創りたいと思う。そのために、一度は諦めた出世を、諦めないことにした。イクメンからイクボスへ。それが今の私の目標であり、夢である。

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