【 佳 作 】

【テーマ:「世界と日本」海外の仕事から学んだ事/日本の仕事から学んだこと】
留学生の勤労意欲
石川県 神馬せつを 72歳

新聞配達といえば、昔は苦学生の定番でしたが、現在は東南アジアなど海外からの留学生が多く占めています。

彼らの中には家族で来日する人も多く、その子どもたちは日本語を習得しながら、地域の小学校で学んでいます。

アルバイトで新聞配達をする留学生諸君は、日本でこそ苦学生ということになりますが、祖国に帰るとエリート階級の人たちですから頭脳は明晰、勤労意欲も旺盛で、仕事も直ぐに覚えてくれます。

しかし、言葉の壁で悩んだり、子どもの教育問題でジレンマに陥ることがあり、そんなときは身近にいる私たち日本人が相談相手になります。

それは、歳末多忙の寒い日のことでした。バングラディッシュからやって来たZ君が、販売所の電話口で大声を挙げて泣き叫んでいました。何か大変なことが起きたのでしょうが、イスラム語で話しているので、さっぱり様子がわかりません。そんなZ君の言葉を通訳してくれたのが、地域の小学校で日本語を勉強している、次女のMちゃんでした。その電話は、祖国バングラディッシュに住むZ君の父親からで、母親が急逝したことを連絡する国際電話だったのです。訃報を耳にしたZ君は受話器を持ったまま号泣し、夕刊の配達を手伝っている彼の奥さんも、ただオロオロするばかりでした。すぐに帰りたくても、年末の旅行シーズンでチケットが手に入りません。それに、チケットを買うお金も用意できません。そんな悲しみと苦悩が重なって泣き崩れるZ君を支えたのが、小学生のMちゃんでした。

Z君一家の日本留学を応援してくれた故郷の家族への思いを訴える少女の叫びが、言葉の通じない日本人の心を揺り動かし、学校や地域での募金活動につながったのです。

彼らの早期帰国が実現したのは、留学生諸君の勤労意欲と、いち早く日本語をマスターして地域に溶け込んでいたMちゃんへの信頼感からでした。

まだ3学生だというのに、朝早く父親とともに新聞販売所に来て、まず大きな声で「おはようございます!」と挨拶をすると、父親の傍らで朝刊の区分け作業を手伝います。学校が終わると、今度は母親とともに販売所に駆け込んできて、みなさんに「おつかれさまです!」と大きな声で挨拶をすると、夕刊の配達を終えて戻ってくる母親のことを、ひとり教科書を開いて待っていました。

ときには、父親や母親と一緒に配達に出かけることもありましたが、そんなときも地域の人々への元気な挨拶を欠かすことはありませんでした。

交通事故で家族を失い、重傷を負った自分自身のリハビリを兼ねて新聞配達の仕事に就いていた私に対しても、
「いつも天国から家族が見守っていますよ」「わたしを娘だと思ってください」
などと、私だけでなく誰にでも優しく言葉をかけてくれる少女への信頼感が、いざというときの原動力になり、Z君一家は祖国での葬儀に帰ることが出来ることになりました。
「ホントウニ、アリガトウゴザイマシタ。オカゲサマデ、カエルコトガデキマス」
と、たどたどしい日本語で頭を下げるZ君でしたが、一度帰国した留学生が再度日本に戻ってきて働くことは本当に大変なことだということを、みんなが知っていましたので、「必ず。日本に帰って来いよ」
「ハイ。カナラズカエッテキマス」「必ずだよ」「ハイ、カナラズ」という約束の言葉を交わして、Z君一家は緊急電話から3日後に、バングラディッシュに帰って行きました。

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