【 佳 作 】

【テーマ:非正規雇用・障害者雇用で訴えたいこと】
障害のある方と向き合って
神奈川県 Y.H.I 53歳

外資系の企業に、翻訳業務の派遣社員として勤務していた時のことです。その企業は障害者雇用を促進しており、人事部の中にあるダイバーシティ推進室に配属されました。盲導犬と一緒に出勤している人、手話で会話している人などが身近にいて、新鮮な感動とともに、何て素晴らしい会社だと思いました。最初は。

私は広汎性発達障害という精神障害がある方の隣に座ることになりました。上司から「彼女は気分障害で感情にムラがあるから、隣で大変だったら席替えします。いつでも言ってください」と最初に説明がありました。勤務開始当初は特に会話もなく静かでした。少しずつ話をしていくうちに、近所同士の上に年齢も近いことを知り、親しみを覚えました。実は第一印象は、「彼女と関らない方がいい」でした。あくまでも感覚ですが、何かを抱えているような重い感じがしたのです。それにも拘らず、近所でどの店の野菜が安いかなど、楽しい会話が弾みました。日々顔を合わすうち、とても自然なかたちで彼女の方から生い立ちを語り始めました。『わたしは広汎性発達障害で、子供のころ親からよく叱られた』『子供が障害者で育児に苦労した』『精神障害が悪化すると主人から出て行けと言われ、離婚して今は一人で暮らしている』などなど。『大変だったんだね。苦労したんだね』と耳を傾けました。そうこうしているうち、頻繁に話しかけられ、勤務して6ヶ月が経過すると、一日中お喋りするようになってしまいました。次第に仕事に支障が出てきました。

彼女は3年前に障害者雇用で採用された契約社員、私は有期の派遣社員だったため、「静かにして」の一言が言えませんでした。ぐったりと疲れる日が続いたため、保健室にかけこみました。発達障害とは生まれつき脳の一部が欠損し、他人の感情に配慮しにくいと教えられました。席替えすれば解決する問題とは思えないこと。周囲は彼女に当たりさわりのない対応をしていること。精神障害の方達は全員人事課に所属し、他部門への配属がない事を話しました。保健師さんから『彼女のことを愛情をもって接していらっしゃるんですね、貴女の愛情をしっかり感じてますよ』と言われました。一人で解決しようとせず、理解してくれそうな人に話すよう勧められました。

部内の会議の際に窮状を訴えたところ、皆さん思いは同じで「静かにして」が言いにくいとのことでした。彼女は常に誰かと話すことで、精神的な安定を保っていると上司から聞きました。タイミングよく組織変更の時期と重なったことと上司のはからいで、発達障害に理解があり、しかも彼女と仲の良い正社員の方が彼女の隣になりました。私は斜め後ろに移動しました。社員の方は「今忙しいから後でね」と忙しい時は上手な対応をされていました。私と彼女はいい距離感を保ちながら、さくさくと仕事ができるようになりました。契約期間満了で職場を去る時、彼女からとても感謝されてプレゼントまでいただきました。きちんと話をすることが彼女にとってどんなに嬉しかったかが分かりました。

しかし最後まで職場の方に言えなかったことがあります。それは「もっと精神障害の方と向き合って」ということです。近づき過ぎると、お互い傷ついてしまう難しさがあるのは理解できますが、当たりさわりのない周囲の対応にずっと違和感を感じていました。

彼女のことがきっかけだったかは分かりませんが、これまで避けてきた個人的なトラウマに、不思議と向き合えるようになりました。そしてすぐに解決に至ったことは、驚きとともに、この上ない喜びでした。難しい課題は避けるとどこまでも追いかけてきますが、向き合ったと同時に、半分は克服できているのではと思います。障害者雇用の難しさも面倒だと放っておかないで、向き合っていただければと切に願います。そして、人生のトラウマを克服できたきっかけをくれた彼女に「ありがとう」と言いたいです。

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